two stories town
Act.2
East Town 4thStreet
2:30 p.m
今度も覚醒を促がしたのは電話の音だった。
壁を一枚隔てたほどのコールは、ゆっくりと高耶の意識を白い微睡の中から浮上させる。焦点を結び出した目に映ったのは、見慣れぬ白塗りの天井と梁の自然な木の色だった。
ぷつんとコールが切れ、聞き覚えのある響きのいい声が耳に飛び込んできた。
「……はい……わかりました……三十分ほどで……」
ぼやけた頭の中を、受話器を置く音が叩いた。染みついたコーヒーと煙草の匂い、横たわるベッドにも他人の体臭がする。目に映るサイドボードには、何枚かの写真が置かれていた。当然見覚えがない。
ここは他人の領域だ。勢いよく体を起こそうとして、出来ないことに目を見開いた。
「なっ!?」
ベッドの両脇に電気コードらしきもので高耶は両腕をくくりつけられていた。それも二重三重どころの話ではない。恨みがあるのかというほど、パイプベッドに腕ごと電気コードがぐるぐると捲かれている。呆気に取られて目を泳がせた高耶の視界に、ひょいと黒スーツにネクタイを締めている男が顔を覗かせた。
色素の薄い髪と目、穏やかに笑う端整な顔立ちには見覚えがあるような気がするが、寝起きの頭では良く思い出せない。
「ああ、起きたんですか。怪我をしてますから動かない方が良いですよ」
「動けねえだろうが!」
のほほんと掛けられた声に高耶は怒鳴り返した。とたん右肩に鋭い痛みが走って、低く呻く。
「大声も傷に響くみたいですね。大丈夫ですか」
「コレ……ッ、外せ!」
「外したらあなた暴れるでしょう。何をバカな事を言ってるんです。怪我人は絶対安静ですよ」
ぽんぽんと子供をあやすように頭を撫でられて高耶はギリッと男を睨みつけた。言うにことかいてお前がその科白を吐くか。
「その怪我人を縛るな!」
「暴れない怪我人なら私だって縛りませんよ。だいたい気絶する前に銃を突きつけておいて暴れないなんて思えませんからね」
器用に肩を竦めながら言われて、高耶はこの男を脅迫してまんまと捕まったことを思い出した。男を見つめる眼から狼狽と驚愕が拭い去られて、警戒が宿る。
「どういうつもりだ」
「どういうつもりも何も、あなたに危害を加えるつもりは全くありませんよ。やるんなら寝てる間に色々やってますよ。それこそ色々ね。潔白の証拠に命の危険から助けてあげた後、警察に捕まらないよう保護したでしょう。応急ですが手当てもしました。何か具合の悪い所はありませんか?」
さらりと訊ねられて、一瞬高耶は答えに窮する。ベッドの枕元に軽く腰掛けた男は、心配そうに顔を覗き込んできた。
「今は何ともないでしょうが銃で受けた傷は発熱します。出来るなら傍について居たいんですが、仕事が入ってしまって出かけなければいけないんです」
声音に宿るすまなそうな響きに、高耶は戸惑うばかりである。何がなんだかサッパリ訳がわからない。この男に命の危険を救ってもらった。真意は良くわからないが、手当てをしてもらって警察に捕まることもない状況だ。だが自分はベッドにくくりつけられている。しかしこの男は自分を心配しているらしい。何がなんだか、きれいサッパリ訳がわからない。
唖然とした高耶が見守るうちに、男はサイドボードから何かを取り上げた。掌に収まるようなピルケースの中に入った錠剤を一粒口に含んで、にっこりと笑う。
「大声を出されるのも不都合ですから、もう少し寝ていてくださいね」
固まったままの高耶の顎を男は捕らえたかと思うと、やおら深く唇を重ねた。
「ん?ん!ん〜〜〜〜っ!」
吐息まで吸い上げるような勢いで口づけられ、息苦しさから思わず迎えいれるように薄く唇を開いてしまう。唇の間から相手の舌が滑り込んで、何か小さなものを喉の奥に押し込まれる。思わずごくりと嚥下したあとも、さんざんいい様にされて、ようやく男の唇が離れた。
「ご馳走様でした。即効性の鎮痛解熱剤です。催眠効果もありますから、ぐっすり寝てください」
ぜえはあ、と荒い息を繰り返す高耶の耳元で男は囁いた。上掛けを丁寧に掛けるとベッドから立ち上がり、乱れた黒髪を優しく直して、形のよいオデコを撫でる。息苦しさから目尻に浮かんだ高耶の涙を拭い取って、ぺろりと舐めた。
「大声を出しても構いませんが、誰も来てくれませんよ。が禁断症状を起こしているので気にしないで下さいといってありますから。騒いでると聞いたら猿轡を噛ませますので、手間をかけさせないで下さいね」
傍若無人なことをペラペラと一方的に話を進められて、高耶は茫然自失になった。温和そうに見える外見に似合わず、用意周到でしかも手口が悪辣だ。人を捕まえてジャンキーとはなんだ。瞬間沸騰した高耶が思わず叫ぶ。
「な、何なんだお前は!?」
「通りすがりの一般市民だといったでしょう。職業は警部補、直江と呼んでください。では、おやすみなさい」
「てめえ、どこ行きやがる!これ外して行け!」
壁にかけてあったトレンチコートの裾をバサリと翻して、俳優顔負けに格好良く引っ掛けた直江は、高耶を無視してドアに向かった。入り口で肩越しに高耶を振り返ると、片手を上げて軽く会釈をする。
「良い夢を」
ばたんと閉じられたドアに、高耶の怒声が響いた。
「何なんだ、お前は!!」
しばらく高耶は閉じてしまったドアを睨みつけていたが、思い出したようにコードから腕が外れないものか暴れてみた。だが暴れたせいで右肩から頭の芯まで痺れるような痛みが走って諦める。
「……訳わかんねェ」
きつく目を瞑って洩らした瞬間、頭がくらりとした。即効性という薬がもう効いてきたらしい。
なんだかもうどうでも良くなってきた。逃げ出したところで、きっと7thストリートのねぐらには敵の手が回って戻れないだろう。家に戻るつもりなんて最初からないし、きっとそこにも手は回るだろう。チームのメンバーもきっと高耶を『掟破り』として狙ってくるのだ。そもそも、ベッドに括りつけられて逃げられもしないではないか。
「何なんだよ」
朝に追っ手を振り切った後、高耶はメンバーである遠山康秀の言葉どおりまっすぐ5thストリートの一郭、通称を”掃除屋“というモグリの医者が経営する診療所を訪ねた。半地下にある診療所に通じる階段に足を踏み入れたとたん、後ろ頭をしたたかに殴られて高耶は昏倒した。
気がついたのはチームのアジトの一つだった。の外れにある、小さな地下室に何故自分が居るのかわからず呆然としていると、いきなり何人かが踏み込んできた。チームの中でも、三井の傍に居る(どちらかといえば三井が高耶の傍に居たのだが)高耶をやっかむ折り合いのあまりよくない数人だった。彼らは高耶と部屋の奥を見て立ち竦み、次の瞬間高耶に殴りかかった。
『掟破り』と怒鳴られたことを頭が認識するまで、しばらく時間がかかった。
苦痛に曇る目に黒光りする自分のベレッタと、薄暗い闇が淀む床に投げ出された両足が見えた。その足が、つい数時間前まで酒を酌み交わしていたチームの頭の遺骸だと認めた瞬間、「ちがう!」と叫んでいた。
自分のベレッタと血を流して倒れているチームの頭、そして座り込んでいた自分を見て彼らが何を思ったのか、容易に想像できる。だがどれだけ違うと叫んでも、彼らの耳に届くはずはなかった。
後はもう無我夢中だ。人数が少ないのを幸い、殴り倒してどうにか外に逃げた。だが大して行かないうちに、追いつかれて袋叩きにされて「もう死ぬのだろうか」と考えていた所に、直江が現れたのだ。
「……何だって言うんだよ……」
ただわかるのは、何者かの思惑にまんまと嵌められたと言うことだけだ。おそらくはチームの内部の。
高耶が気がつくのを見計らったように、アジト内部にメンバーが踏み込んできたことや、怪我人や死亡者が出た場合、掃除屋に接触すると言うことを知っていることから、簡単に予想が出来る。
(いったい何の目的で?)
相手の思惑はわからない。仲間だなんて馴れ合ったつもりは爪の先ほどもないが、自分が三井を殺すなんて薄汚いことをした野郎だと思われるなんて最低だ。高耶は向ってくる敵以外に牙を剥くつもりはない。誰かの恨みを買ったつもりはないなんて奇麗事を言うつもりはないが、こんなやり方はゆるせない。何らかの目的があってそれに高耶を利用するのも、裏切り者として追われるように高耶を仕向けるのも。
自らの矜持を踏みにじり傷つけるものは何人たりとも許してやるつもりはない。正面切って戦わざるを得ない状況に引きずり出して、完膚なきまでに叩きのめしてやる。
生き延びることが出来たのは幸運だ。自分の手でそいつを血祭りに上げることができる。
だがまだ体が本調子ではない。休息を必要としていることが身に染みて良くわかる。捕らえられたままというのは不安が残るし、あまりいい気分はしないが、直江の目的がなんであるにしろ、殺すつもりなら高耶をすぐに殺しているだろうし、どうせ打つ手は何もない。なら休んで体力を回復する方が先決だ。
体の芯を重く痺れさせる眠りに、半ばなげやりにはらをくくった高耶は大した抵抗もせずに身を任せた。
霞む目の端に、サイドボードに飾られた一枚の写真がひっかかった。セピア色の写真には、庭にあるらしい木の下で椅子に腰掛けた婦人とその後ろに立つ壮年の男、婦人の傍らに立つ十代前半の少年が仲良く写っている。反吐が出るほど幸せそうな、絵に描いた家族の情景というヤツだろう。
少年には直江と名乗った男の面影があった。
East Town 2ndStreet
3:00 p.m
「で、これが被害者の身元だ」
検死待ち、署内の半地下にある薄暗い灰色の廊下、すわり心地のよくないベンチに座った直江の膝の上に、同じ部署の警部が茶封筒に入った書類を投げ出した。
「身元確認はお前が来る前に済ませた。5、6通り辺りにたむろってるストリートキッズの頭だ」
昼間でも陰鬱な廊下で緑がかった蛍光灯の灯りに書類を照らして、書面に目を落とした直江が尋ねる。蛍光灯が切れかけているのか、ぼんやりと点滅を繰り返して光量が安定せず見にくい。
「《スペクター》のヘッドですか。ストリートキッズ同士の抗争でしょうか」
「まあその疑いが一番確実だろうな。目立って大きな傷は右腿を貫通した銃創と頭部、背部のナイフかなんかの刺傷だな。ただおかしいのが死体が発見現場で殺されたわけではないこと。銃弾も銃痕も見つかっていないし、血痕もあまり無い。遺体のところどころに死後受けた擦過傷がある。いちいち死体を、墓穴に入れてやるって訳でもないのに、移動させたらしい」
書類に載った発見現場の住所を見た直江の眉が、ごく微かにひそめられる。
「この三井って言うのは、まあ経歴に書いてある通り、結構な影響力の持ち主でな、《スペクター》では文字通り独裁者みたいな状態だったらしい。まあボス交代で内部争いが起こるのは確実、それだけならいいんだが周りのバカガキどもが放っておくはずもないからな。しばらく死体が続くかもしれん」
「抗争の激化を警戒すると言っても、我が署は人手が足りません。最近は武田と上杉の小競り合いが多いですから、子供の世話まで手が回りませんよ」
「それぐらい身に染みて良くわかってる。非番でも呼ばれたお前がいちいち言わんでよろしい。低レベルな厭味だぞ」
「厭味のつもりではないんですけどね。ナンバー2以降の資料はありますか。あと対抗勢力と」
「その資料の中と第二資料室にあるだろう。6月の一斉取締りで網にかけた分があると思うぞ。どうするつもりだ」
「犯人にしろ抗争が始まるにしろ、彼らが舞台に顔をださないはずはないでしょう。下手をすると黒幕が圧力をかけてくるでしょうし」
良くも悪くもストリートキッズたちの版図は、黒幕である組織の抗争の縮図だ。
「いやな事を思い出させるな」
と、苦虫を噛み潰したような顔をするのに笑った直江は、一端目を通した書類を封筒にしまった。無意識に胃の辺りを摩る相手に、ベンチから立ち上がって据付のドリンクディスペンサーを指し示す。
「コーヒーもってきましょうか?警部」
「胃の辺りを押さえた相手にそれを言うのは厭味だぞ」
ベンチ横に据えられた灰皿で煙草を消しながら警部が睨むのに、直江は全く気にした様子がない。
「カフェインレスにしてあげますよ、ミルクは入れますか」
「いや、あのミルクは不味いコーヒーがますます不味くなるからいい。本当に良く気のつく部下だよ、お前は」
「褒め言葉と受け取っておきます、警部」
あからさまな厭味に眉一つ顰めず、芝居がかって答える直江の背中に、今度こそ上司は不機嫌そうな口調と表情を隠さなくなった。だが二人の間の空気はとげとげしいものではなく、長年付き合ったもの同士の気安さが流れている。
「煮ても焼いても食えない奴だよ、お前は」
「それも褒め言葉と受け取っておきますよ、兄さん」
笑って紙コップに入ったコーヒーを差し出す直江の見つめる前で、橘照広警部の顔に何か悪戯を仕掛ける子供めいた笑いが浮かんだ。
「都合のいい耳を持った弟は今日はもう帰っていいぞ。代理は呼んであるから、ひとまず資料に目を通しておいてくれ。検死は結果が出しだい報告する」
冷たく白い壁に寄りかかって、苦味以外は相変わらず香りも申し訳程度の不味いコーヒーに口をつけた直江が首を傾げる。確かに渡された資料の中に、かなり引っかかるものを見つけたから、早々に帰りたいのはやまやまだったのだが。
「休めるのは願ってもないですが、すぐ帰すつもりならどうして呼び出したんです?」
「可愛い弟の顔を久しぶりに見たくなったからに決まってるだろう。父さんも母さんもたまには帰って来いと言っていたからな」
せっかくの非番の日だったというのに自分が呼び出されたのは、単純に事件があったというだけではなく、この兄の気まぐれだったらしい。実家の方に顔を出していないのは事実なのだが、この当て擦りは結構ぐさりと来た。心なしか引き攣った笑顔で、ベンチに腰掛けた兄を見下ろす。
「先月末にきちんと顔を出したでしょう。それはさっきの厭味に対する仕返しですか?」
「仕返しな訳があるか。一ヶ月に一度しか顔を見せない家族不孝者にちょっとした嫌がらせをしただけだ。それで今度はいつ帰って来るんだ?ああ、そう言えば母さんが今度の土曜日にホームパーティーを開くといっていたな」
「行けばいいんでしょう、行けば。土曜日に必ず顔を出しますよ。これで良いんでしょう」
白々しい口調で最終兵器、母の名前を出された直江はあっさり降参した。その横で照広がコーヒーを飲みながら、至極満足そうに頷いている。
「物分りのいい弟を持って、俺は本当に幸せだよ」
「……褒め言葉と受け取っておきますよ」
亀の甲より年の功、どうにも兄の方が二枚も三枚も上手らしかった。厭味を三倍返しされて軽く額を押さえた直江に、薄暗い廊下に不釣り合いなほど能天気な声が掛けられる。
「旦那、俺様にもコーヒー奢って」
無言で直江は殆ど口をつけていない紙コップを声の主に差し出した。こんな不味いものはもういらない。
「何でお前がいるんだ」
「三井の身元確認をしてやりに来たからに決まってんじゃん。俺の『お仕事』知ってるでしょ、うわ、相変わらずまっずいモン飲んでんのな」
一口飲むや否や、顔を顰めた顔馴染に直江は眉根を寄せ、照広は鷹揚に笑うだけだ。
「文句をいうなら飲むな」
「オニイチャンに苛められたからって八つ当たりすんなよな。いやだねえ、三十路は心も視界も狭くって」
やだやだ、と言いながら不味いと罵ったコーヒーを啜る青年に、憮然とした直江がツッこむ。
「お前も遠からず三十路になるんだぞ」
「あいにくと美青年は都合よく時が止まるようになってるんだよ。ディアナに魅入られたエンデュミオン然り、俺様然り。言うだろうが、『時よ止まれ、お前は美しい』ってな」
色の薄いサングラスが厭味でなく似合う青年が、歌うように言ったのに照広が軽く拍手をする。ぱっと目をひく派手なオレンジ色のシャツに、良く使い込まれているカーキのパンツ。一見すると全く金がかかっていないような格好だが、下手なものよりよっぽど上質な品だと見るものが見ればわかる。
「意味不明なことを言うな。お前が第一発見者じゃないのか?」
直江の質問に、冗談が通じねえ奴、とぼやいた青年は空になった紙コップを握りつぶしてアシュトレイの中に無理やりぎゅうぎゅうと押し込めながら、顔の前で手を振った。
「違うちがう。身元確認に呼ばれただけ、じゃなきゃこんな辛気くさくて胡散臭い所に誰が来るか。ま、通報されたくない怪我をしたときにはいつでもどうぞ、知り合いには二十四時間急患も受けつけてやるから」
ただし相応の時間外報酬は頂くぜ、牧師の斡旋、天国の門まできっちり面倒見てやる、と青年はにやりと人を食ったような笑みを浮かべた。
「不味いコーヒーごっそさン。ま、今度ゆっくり飲みながら話そうな。ここんとこアシッドで頭がイかれた連中が担ぎこまれて忙しい、暇になったら旦那の奢りってことで」
自分勝手な誘いの文句を肩越しに直江へ投げると、ひらひらと手を振って冷たいリノリウムの廊下の向こうへと歩み去った。
彼の名は安田長秀、本名か偽名かは全くもってわからないが、通称を“掃除屋”という。イーストタウンで後ろぐらい治療を必要とする患者相手のモグリの医者である。ついでに棺の用意まで請け負う葬儀屋でもある。頼まれれば聖書も読み上げるらしいが、効果の程はわからない。
本来非合法であるのだが、そこは治安ワースト1で知られるイーストタウン、怪我人には事欠かないためモグリの医者はどうしても黒社会に顔が広くなり、迂闊に手を出すと行政の方が手痛いしっぺ返しを喰らうのである。新米の頃こそ受け容れがたいがイーストタウン分署に三年も勤めるうちに、彼らの存在を黙認する代わりに協力を仰いだほうが、この街の治安維持に役立つことを身をもって直江も照広も悟っていた。
法の下の至正を旨とする警察としては受け容れにくいものがあるが、現実のイーストタウンは混沌としていて理想とは程遠い。ただできるだけのことを清濁併せ呑むしかないのだと、達観している。
「それでは、今日はこれで失礼します」
長秀を見送った後、正面に向き直って型どおり礼をする直江に、照広が笑って手を振った。
「ちゃんと週末は帰って来い。本当に父さんも母さんも心配しているんだからな。あとそれと、今さらだが今日は非番なのに呼び出してすまなかったな」
「本当に今更ですね。養父さんと養母さんによろしく言っておいてください。必ず土曜日には帰りますから」
心配性な家族を思い出して、苦笑交じりに答える直江が脇に抱えた茶封筒のなかには数枚の書類。その中の一枚、死亡した三井のチーム《スペクター》のナンバー2と目される少年の資料を、一刻も早く直江は確かめたかった。
『仰木 高耶』の資料を。
あらすじ+α