ざんげします



やらしい面してんじゃねえよ、と吐き捨てられて忍足はちょっと笑い、ゆっくりと俯いた。

左くるぶしのジョイントに歯を立てていくと、あつい息がこぼれて膝がこたえるように跳ねる。性徴があきらかになってきた体は身長ばかり伸びていて、どんなに筋肉をのせていたって限界はあって足や手はどうしたって細かった。靴下焼けがのこったふくらはぎを唇でなぞる。陽に灼けたところはどこかつるりとなめらかで、しろいところは手のひらに吸いつくようだった。

湿った息が頭の上から落ちてきて、髪の毛をゆっくりかき混ぜられる。浮いた腰のしたに手を回して膝裏をゆっくり撫でるとずるりと上体がしずんだ。一人がけのソファの背もたれに背中をあずけていた跡部がゆっくり仰のいて息をつく音が存外に大きく響いた。カーテンから漏れた昼下りの光りにやけに白く目に映る。

(あー、たってきよった)

耳の後ろにもう一つ心臓ができたみたいにどかどか頭を蹴り上げてくる。ぶるっと背中に電気が走って、忍足はかさついた唇をなめた。塩の味がする。渇いている。

「楽しいかよ」
「けっこう、」

興奮する、と答えた声は喉に絡んで音にならず息だけで響いた。つかんでいた膝が小さく跳ねる。太腿のなかばから色がいきなり白くなるのに、部活焼けといって女子が気にしていたのを思い出す。

「ガーター」
「あァ?」
「いや、ここんとこ、部活焼けしとるやんか。なんやガーターベルトみたいやなあって」

ぐるりとそれぞれの太股をなでると跡部の眼がゆっくりと眇められる。

「どこまで脚フェチだてめえ」

あきれ返った跡部に髪の毛を引っ張られて、あいた、と声をあげた。見あげた跡部のほそめた目尻が僅かに赤くなっている。伸びあがってゆっくり唇を唇におしあてると、花が綻ぶような放埓さで好きにされるがままだ。掴んだ手の平の下で太股がわずかに緊張し、ふと弛緩してはまた緊張に震えるのに、呆れるほど心臓が躍った。

ブラインドでさえぎられ、いくつもの束になった光りが差し込む中で部屋は水族館のように平らかな蒼に沈んでいて、目の前で息衝く肌の熱と自分の鼓動とあまりにかけ離れている。

あっちむいて、という声はバカらしいほど無様に掠れた。シャツの隙間からのぞく背、緻密に成り立った体を見下ろし、忍足はひざまずいて頭を垂れ干上がった喉でむりやりに唾を飲み下した。指は凍えるように震えている。

(俺は今にも逃げ出したい)

胸中で呟きながら、暴く手つきはひと時も止まらない。止まらないからこそ逃げ出してしまいたかったが、なにもかも手遅れだった。跡部を抱いてしまう。





笑わんで、とかすれた声が落ちてくるのに跡部は瞼をもちあげる。文字通り進退窮まってガチガチに固まった様子がおかしくて、とうとう横を向いて笑うときつく瞼を閉じて堪えている。睫毛の先が羽化したての水気を含んだ翅みたいにあわく光って震える。

「……でそうやから」

狂おしい声にまじまじと見あげると迷子の寄る辺無さとばつの悪さが入り混じったなんともいえない顔をしていて、そのくせ眦にだらしない色とはにかみがあった。やらしい。もうちょっと見とれていたくて跡部はゆっくり瞬きをする。だが闇が落ちた。瞼の上に驚くほど熱い手のひらが乗せられ頬の横を髪がすべって落ちていくさらさらとした音が聞こえた。

「あんま、見んで」

泣き出す寸前の弱りきった声で肩口に首が埋まってくるのはなにか犬だか猫だかが懐くようで、唇をもちあげる。跡部は瞼の上におかれた手を引き下ろし手のひらに吸いついた。指先が弦をひくようにひきつる。熱っぽい息が零れるのがよくて、意図して自分からゆっくりと揺らした。躊躇いのなさにこういった在り様もあるのだと自分の体の事ながら感心した。

「〜〜〜〜ッ」

奔馬をむりに手綱でとどめるように波が汗ばんだ背中に走ったのを感じて抱き寄せ、腕だけではどこか足らず両足を絡める。ぞろりと腹の中でふくれあがる生き物に息がつまって声がもれた。注射の針が皮膚のしたにはいりこむ明らかな異物への違和感と嫌悪の後ろに、背筋が泡立つような昂ぶりが分かちがたくよりそっている。堪えるために歯を噛みしめたが、くびきはすぐに外れた。おしたり、と呼ぶ。

「……なあ、もっと、」

まったく気ちがい沙汰だ。





「……性悪」

ベッドの下の床に座ってぶちぶち服を拾い上げている後ろ頭をはたくと、汗でもつれた黒髪の頭は情けなくもうな垂れた。早漏なんて誰も言っていないのにいじけている。

「オレ、初めてお前で勃起したとき死にたなったんや。今それに通じるなんかがあるわ」

絶望ってのは、落とし穴みたいに足元で口をあけとるもんなんや、とぶつくさ言っている後ろ頭をひと撫でする。眠いとぐずる猫を抱き上げるのと同じやり方をした。

「野郎が拗ねたところでかわいくないぜ」

はたかれたままうな垂れていた首が、水のみ鳥の妙なたしかさで持ち上がる。

「うそ。好きや」

早口の小声、黒髪からのぞく赤くなった耳に飢えを感じて首を伸ばし木の実を噛むように齧りついた。なに、と慌てる首に腕を回し我ながら笑えるくらい蟻がたかるほど甘い声音で俺もだと答えると、耳を押さえて消え入りそうな声が返る。

「……腰くだけになりそうやからやめてください」
「風呂場まで抱いてってやろうか」

にやついた跡部は忍足の襟足をいやらしくなで上げて、鼻先をすりつける。うう、と忍足は唸って両目を閉じた。

「……ときめくからやめて」
「で、ときめいて死にてえか?」
「死んでも死に切れんからもっぺんやらして」

やけにきっぱりと潔い要求に跡部は盛大に笑い、顎の下にいれた腕を血管が浮くぐらい締めた。ぐえ、と忍足が呻いてギブアップの証に腕を叩いてくるのを受け入れて勝者の寛容をもって解放してやる。今度は口でして、と厚かましくも明け透けに言うのに顎をもちあげて丁寧にキスをしてやった。熱心にすぎてお互い腰砕けになり、床でそのまま雪崩れこんだ。






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