まずったな、と思っても後の祭りだ。

「あんた、なにしてんの」





Time
Place
Occasion

2.カミングアウトの功罪





うとうと毛布にくるまって寝ていたら腹のあたりがやたらと涼しい。 ぼんやりと肘をついて体をもちあげた阿部に胡坐をかいた榛名はみりゃわかんだろ、とぶっきらぼうに言った。ぷつぷつっと存外器用な指先がシャツのしたからボタンをはずしていく。足の間にはいられてるせいで、逃げようがない。

でけえし、重いし、と阿部は呻く。それなりの身長と見合うだけの筋肉はもってるが、現役のプロ選手に膝をわられて入られてしまえば、殴ろうにもマウントポジションは相手のものだし、足もつかいものにならない。対処方法がみつからない。

なにがどうスイッチがはいったのかわからないが、コレはこまる。さらりと腹のあたりを撫でられて、血液がうずまくのがわかった。まずいと思う。

「あ、ちょ、あんたなあ……」
「おまえが、あんな話すんのが悪い。……なんか厭でもって意味わかったぞ」

なに不機嫌になってんだよ、と呆れてる間にずるずるシャツの前を開かれて、ベルトを弛められる。

「オレのせいかよ。つか意味、わっかんねえし……あ、だめだって。ほんと」

想定外すぎて対処がおいつかない。足をばたつかせても膝を下にいれられると持ち上がってしまって、床に手をついて逃げようとすれば脇から腕をくぐらせられて引き戻された。

「……ぅ」

くに、とぶあつい胼胝がある指に確かめるように揉まれて、耳のあたりの温度ばぱっとあがる。ばかみたいな丁寧さに、膝が本気で震えた。何度かたしかめるようにするあいだに柔らかく芯が通った。のがれるように膝で腰をうかすと、慣れてはいなくてもたしかに知った硬さに体がこわばる。息を呑んだ。

「なんで、あんた」
「……だから、おまえが悪いっていった」

やばい、と思ったときには肘から力がぬけた。ふっと耳元でほどけた息の熱にますます力がぬける。

口元におしあたてた袖口に湿った息が落ちる。歯を食いしばって、だけれど息を吐く拍子に鼻にかかった甘ったれた音が出て、明け透け過ぎてどうにもできない。

ほんとうにまずい。ぼやけた頭が別にどうでもいいじゃないかと向こう見ずなことをいってくる。自分に喝をいれる気分がますます殺げて、どうとでもなれ、が優勢になってくる。どうでもいいから、もう、出したい。
言葉だけは往生際が悪かった。自分は被害者なんだといい訳したい。この人とは厭だと思う。

「は……、あの、しゃれに、なんねーでしょ、これ」
「シャレでもなんでもねえもん。お、濡れた」
「……ぅ、ン」

ずる、と下着を足のつけねまでひきずり下ろされて、差し込まれるのに背筋がいっきに粟だった。二の腕まで鳥肌だった。冗談じゃない。

「やですって。待て、待てって。口じゃだめすか」

答えず榛名はすこし掠れた声でいれたい、と呟くだけだった。

「だめですって」

オレ、付き合ってる奴じゃねえと入れさせねえんだって、と阿部が髪の毛をひっぱっても榛名はお構いなしだ。いてえよ、と髪をひっぱる手を押さえつけると上体をたおしてきた。おちてきた重い黒髪の中で榛名の眼がうすびかりしている。猫科の獣みたいな目だ。瞳孔がしっかり開いて、わずかな光も逃さない。

「じゃ、付き合えばいいんだろ」
「は」

んー、といってちょっと考えたらしい榛名はのしりと体重をのせて阿部の顎辺りに甘えつくように額をこすりつけた。

「おまえが、言うのってそういう意味じゃねえの」

あんたなにいってんだ、と聞く前に濡れた中をばかみたいに丁寧に撫でられて下腹がひきつった。ぐうっとおしあげられた指が、かき回してきて阿部はきつく目を閉じる。

ぴちゃ、とうしろから濡れた音が立つのはローションでもなんでもない、体液のせいだ。体はごまかしようがないほど、だらしないことになっている。

「ぐちゃぐちゃ言うなよ」
「く……ぅ、ぁ、……っ」

唇から耳におしこむような卑怯な言い方の声にどろりと熔ける。一度ねじこまれてしまえばどう足を閉じてもだめで、抱き込むように掴まえられては逃げ場がない。頭は悪いくせして、集中力がでるところだけ覚えがいい指先は、さっきから執拗く反応がいいところをなでてくる。あふれた雫が糸を引いておちていくのが、居たたまれない。

だめだのなんだの言い合いしている間に転がされて、力のぬけた足首をつかまれる。ご丁寧にまるめた毛布の塊を腰の下につっこまれた。はじめての女にやるみたいなやり方だというだけで、頭の後ろらへんが嬉しがったあたりもう終わっているとしかいえない。

ほだされかけている。

「……ン、ひ……、……ぅ」

ずるっと入られてのけぞった。肺から空気の塊がおしだして、深く息をする。腹ではなく肩で浅く息をするたび、籐製のみなれないシェードランプの白熱灯がぼんやりと明滅していた。

生きてっか、と頬のしたあたりを叩かれて、睨んだ。

「てめ、……マジ、で入れやがった、な!」
「あー……?あー、つか、きっちぃ、な」
「ほん、と、なにすんだよ、あんた……あーもう」

語尾は無様に掠れて、どうしようもなく甘くなっていた。重く痺れた腕をもちあげて目の上に乗せる。手の甲にぬるりとにじんだ汗がへばりついていた。情けなくも悪態は震えた。

「もう、なに、してんだよ、あんた」

いーから黙れって、とあからさまに熱で浮かされた声で言われて、腰骨の奥あたりが変に疼く。だめな兆候だ。許してしまっただけでもだめなのに、これ以上されたら本気で困る。流される。ほだされる。

首を振るとぐしゃついた毛布で髪がこすれる音がした。背中はほとんど床の硬さをうけとめて痛くてしょうがない。冗談じゃない。

ぎし、と両脇が沈み膝の位置を直されて、阿部は目を瞑る。スタートのピストルを待つのと同じ静寂だ。すぐに破れて、走り出す寸前の。

(……困る)

まともに鼓膜をたたいたとどいた自分の声は、どうしようもなく濡れきっていた。









「……ぁ、……ッ」

はあっと息をほどいた瞬間、もれた声の甘さに、後ろでうっそり唇をもちあげる。身じろぎは抵抗でも逃げをうってるわけでもない、ただ動かないとやってられなかっただけ。悪いことじゃない。ぎしっとつぶすようにねじこむ。

「……っふ、ぁ、……あ」

あー、すんげーやらしい、と熱でふわつく頭の後ろで思いながら首筋に咬みつくとそれだけで腕の下の体がこらえ切れないというように、しなった。

(なんかものすげえ、えろいことになってんすけど)

男が男やっても強姦ではなくたしか強制猥褻で、とぼんやりめったに使わない敬語をなぜかつかって、榛名は思う。

(ここは性器じゃねえから、AVでもモザイクかかんねーってわけ?)

それはダメじゃねえの、となんとなく思いながら親指でぬれて、ひどいくらいに開ききったところを撫でる。夜目に生白い内腿の筋が、一瞬影をつくりぶるるっとひきつった。咬みつかれた甘さに榛名はかるく歯を食いしばって堪える。脇の下をにじんだ汗がつたって脇腹まで落ちてくるのが、癪でもういちど捻じ込んだ。

「あ……、あぅっ」
(これ、が、モザイクなし、はねーだろ)
「タカヤ」
「……ん、ンっ」

ぎゅうっと無意識に腰を腿ではさまれるのは悪い気分じゃない。もつれた足とからんだ手も悪くはない。きつくよせられた眉根に、震えてもちあがろうとしてはきつくつむられる眼にああこいつもいいんだと思うと、声が自然に弾む。虫がいたら大喜びでたかりそうな甜さだ。

「たぁかや」

いぶかしむようにもちあげられた、眼がようやく焦点をむすんで捉えてくるのに榛名は笑う。くつっと喉がなった。春の鳥のような音だ。唾液だかでよごれた口元をぬぐってやって、そのまま親指でやわらかい粘膜の赤い肉をもて遊んでゆっくり首からなでおろしていく。ぼんやりと瞬きをする眼をのぞきこんだ。

「乳首たってる」
「!」

シャツをまくりあげ、ぬれた指でぐりん、と撫でると犬みたいな埒外に高い声をあげた。びっくりすると、阿部もおどろいたように何度も瞬きをして手を口に押し当て肩を震わせている。

「っ」

ぷちっと摘み上げると、ひっと息を飲む。なにかのスイッチみたいに顕著な反応が面白い。

「や、だ……、やめっ」
「んなこと言ってもよー」

これでやんなかったら男じゃねえだろ、と手前勝手なことをいって両手でいじりだす。抵抗ともいえないながら、叩いてきた手が降参の形でシーツに落ちるのは間もなくだった。

「や、あ、……ぁ、あ、あっ」
「なー、こういうのと」
「っふぁ」
「こういうの、どっち?」
「い、ら、ねえ……っ」

ぴちゃっとなった水音に、ほんとしょうがねえなあと思いながら、体をずらした。腹の間に一瞬、粘膜の糸が張ったかとおもうとすぐに重力にまけておち、シャツににじんだ。

「お前よ……、男がはめられて乳首触られて、これってどうよ」
「う、る……さ……あ、―――ぁ、あ、やだ、ほんと、やめ…ろって」

またぱたぱたっと散り零すのに、こういうの好きなんかな、と榛名は一つ心のメモに書き記して、指先をゆっくり回してやった。肋骨の影が浮いてはしずむ。手のひらの下、心臓のごとごとはねる鼓動にひきずられて、こぼれた息は笑えるほど熱っぽい。

(こんど、じっくり舐めてやろ)
「ァ、ア、あ」

半ば泣きが入って、枕に頭をおしつけて仰け反る顎先、塩味のなくなった汗を唇で吸いながら眼をつぶった。苛めるのもいい加減にして、浮いた腰のしたに腕をまわして引寄せる。胸板で乳首がこすれるのもだめらしく、また腹の間が濡れた。どれだけいやらしければ気が済むというのか。

からみつく足も手も、なにもかももったいなくて、出してしまうのがちょっと惜しい。付け根が明日の朝、こすれて痛くたって、ロードワークの膝が抜けたっていい。熱くてきつくて、ずっといたい。







「……腹へらねえ?」
「がっつり食いたいです。あー、体重おちてんなコレ」

ベッドにうつぶせたまま答えると、よし、と榛名は起き上がった。

「じゃ、肉食おうぜ肉」

訊いたときには洗面所から水をつかう音が聞こえてくる。ティッシュでふこうとしてはりつくのにどうしよう、とこまっていたら、濡れたタオルが投げられてきた。

「いまから?」
「つか、ここらへん、いまの時間そこしかがっつり食えるとこねーんだよ。一時すぎるとはいれねえから急ぐぞ。韓国人多いんだよな。だからかわかんねえけど、うまいよ」

シャツとデニムの下をぽいぽいと放り投げられるのを受け取り、とりあえず汗をふきとってから袖を通す。見下ろした榛名がぬれた前髪をもちあげてから、口元に手をあて、ぶぶ、と噴出した。

「しかしお前、オレの服にあわねえなあ」
「でけーからへんなストリート系になるだけでしょ。あんたケツでかいんだよ。ベルト貸してください。ずりおちる」
「筋肉って言えよなー。あー、ランプくいてえ。タン塩だろ、ハラミ、コムタンクッパ食いてえ。石焼ビビンバもいいな」
「ビビンパですよ。『バ』じゃなくて、『パ』。おれはユッケ。ミノ、上ロース、あ、そこキムチうまいすか」
「あんま甘くなくてオレは好きだけど」
「じゃあキムチ、は、食えねえか。クソ。…………なんすか」

いや、といいながら立ち止まった榛名は歩み寄ってくる阿部に首を傾げた。

「なんかお前歩き方おかしくねえ?」

がに股だぜ、と言われて阿部は榛名のケツを膝で蹴りあげた。キムチが食えないのも誰のせいだ。

斜め下を気にするでもなく階段をおりていく旋毛が、笑っているらしいのにいくらか恨み言もこめてぼやく。

「なんかまだ挟んでるみたいなんすよね。ヘチマとか、大根とか」
「わはは、でっけえーなオイ」

元希もう困っちゃう、と夜空をみあげて言うのにあんたアホすか、と真面目に言った。 キムさんの本格焼肉は、空きっ腹にものすごくうまかった。真夜中に似合いのうかれたざわめき、ぼやけた煙のむこう、自分の手柄でもないくせにえらそうに笑う人をみて、なにを取り繕うでもなく本気で笑えてしまうのに、いやな予感がした。

だからあんたは厭なんだ、と言ってしまえばよかった。
言ったところでどうにもならないことも知っていた。





→「073:煙」
文字書きさんに100のお題より
配布元:Project SIGN[ef]F



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