!>やらしめです
















Time
Place
Occasion

4.七夜花待ち





ぼたたっと重たげな音をたてて、指の間からこぼれ落ちる。せばまったのどの奥から熱い塊を無理にひねりだされる、我慢したおしたあとの排泄にも似ていて強烈だ。肩のあたりまで震えがのぼって、シーツにつっぷして阿部は息を整えた。特有のだるさに瞼が落ちそうになる。

はあ、と甘ったるい溜め息をついて他人の足の間を丹念に擦りあげてくる、もどかしい感覚がくすぐったい。最後の最後までだしきって気持ちのよさそうな顔をしているのには絆されないでもなかった。そのことが余計、癪に障る。

ちいさくひびく濡れた音がきいていられない。いくら入れないからって掃除のことを考えればゴムをかぶせさせておけばよかったとおもっても、後の祭りだ。枕だって噛み付いたせいで唾液がついてしまった。

足の間を伝い落ちていく体液の生温かさが冷えていくのが気持ち悪い。あんた最悪、と途切れ途切れに呟いてべたべたに汚れた感触に眉をひそめながら、喉をのばしてどうにか息をする。無理やりにもちあげられた鼓動も呼吸もくるしい。肩口にべったりなついた体が熱いのも苦しかった。

身じろぎをすると榛名は体の凹凸がちょうどいい具合になるところを捜して、首筋に猫みたいに汗ばんだ鼻をすりつけてくる。出したばかりで酸欠に近いし、特有のふわついた感じがして、懐くのをおしのけることができない。

「……ゆび」
「んー?」
「ぬいて、ください」
「これ?」
「……ぅ、ぬけ……って」

ぐりっとねじられて膝が震え、かぶりをふって拒否を伝える。たしかめるように指の腹でじっくりなでられて、ぴくぴく肩がはねる。やめろ、と短く云ったところで聞くような相手じゃない。膝をたたんだ横向きの姿勢のせいでろくに逃げ場がないのが困る。肩口になついた頭を叩いても頓着せずに遊ぶ指先に、このままではやばいとおもう。 でも今は指まで痺れきって舌も上手く回らない。

「やです、……やだ、って。さっき、いれね、って、言った、」

入れてねえよ触ってるだけ、と同じセリフを言われてどんな屁理屈だと思う。ぬる、ぬる、とゆっくり動かされていくうちに、知らない感覚じゃないのが徒になった。

「ぅ、――ん、んっ」

は、は、と短く息がきれて、こめかみの横をとおった汗が鼻先でしずくになって落ちていく。

うつむいた首筋に、まるで恭しいものにするような仕草で唇が幾度もおしあてられるばからしさに笑いがでそうだ。そういった優しく柔らかい仕草は似合いの女にするべきものだ。わなないた唇から嗚咽がこぼれそうになって、堪えると息が苦しくてならず、すこし湿ったシーツに頬をおしつけた。

おまえ、こんなんなって、と調子にのった唇が、耳たぶをやさしく齧るのに莫迦じゃないのかと罵る。けれど喉から洩れたのはひきつった声だけで言葉にとうていならない。

「あ、う」

中をゆっくりこすって引き抜かれながら、また差し入れられる。耳朶にかるく歯を立てられるのに肌が粟だった。目尻が潤んだ。昂奮してるときに痛いのはだめだ。熱をあげた肌に気がついて欲しくない。さらりとなでた手のひらが胸をさすってくるのに、背中をまるめ脇ではさみこむ。

まるきり痴漢にあってる女みたいな格好のばからしさを思えば脱力してしまうが、いまは構っていられない。うつぶせになって押さえこんでもじりじりと移動した指で乳首をこねられるとぷつんと立ち上がるのがわかって、耳に血が上って歯噛みした。 さっきからずっと立ってた、と云われたとたん、きゅうっと芯が通って息を呑んだ。

「お」
「――ぁ、あっ」

面白がるように触れられて、じわ、と先走りで先端がいきなり濡れる。直結してるわけなんかないのに、触角はひくついてもの欲しげに口をあけて喘ぎ、もちあがった。

ありえないと思う、思いたかった。男とするのは阿部の人生にとって偶然うかびあがっただけの選択肢で、積極的にひろいあげたいことではない。なかったはずだった。

「や、それ、やめっ」

手首をつかんでもだめで、もうそうなるとシーツに頭をこすらせるしかなかった。逃げ場がない。じっとりおしあげられるもどかしさに、首の後ろであからさまに昂奮した息の熱さに、尾骨の辺りでどろついた甘い感覚がとけだし下腹につたい落ちていっていよいよ末期だ。脂身をたべきった唇みたいな色になった乳首は、いつもとまるで別ものになりかわっている。指を二本いれられた粘膜は、もう意志になんて従ってくれない。

下をいじられながら、胸も触られる。AVなんてどれも似た内容でもちろん使ったことだってあった。昂奮したし、気に入ったのだってあった。女の子がどれだけ年を偽っていて、どれだけ嘘くさくたって構わなかった。現実じゃなかったからだ。

「ぁ、ん、んぅッ」

中の指をすこし曲げられると我慢できずに爪先がまるまった。ぼやけた視界のなか、ぶるぶるっと浮き上がった先から、先走りがたえかねて滴りちいさく糸をひいた。太股ををぬれた蛇がなめずっていく光景が、自分の現実だなんて思いたくない。ふう、と感心したような声が首筋にキスを落として無邪気にいう。

「おまえ、前よりすげえなあ。触ってねーのに」
「は……、や、いやだ、……ん、んっ」

最初にした奴に慣れると前だけでやるよりずっといいといわれたことがあった、だけれどなれるほどしなかった。だからってこんなのはあんまりだ。いやだ、と阿部は唇をかむ。よりにもよってだ。この人はいやだ。この人なのが、いやだ。

ぴちゃ、とおしあてられた塊に膝がふるえる。先端をねじこまれて首を振った。したくない。うそだ。

(――うそだ)
「意地の悪ぃこと言うなよ」

いやだ、といった声は濡れきっていた。拒否だなんて自分ながらおもえなかった。ぐ、と食まされて息を呑む。ざわついた粘膜が食いついて、いっせいに悦んだ。喉をついた声が悲鳴だったらまだよかった。 かるく含まされては抜かれ浅いぬかるみをかきまぜられる、やるせなさに腰が浮かんで、ひきつるのはなんでかなんて、知りたくはなかった。

肩口にぐっと歯を立てられる痛みに声がでた。

「―――ッ」

ぬるん、とおおきくのみこんだ蛇が腹の中で満足そうに笑う。目尻にうっとりした色をのせて舌なめずりをしているのに、おかしいぐらいに感じた。 顔の横におかれた榛名の手首をきつくつかんで、かくかく揺れてくずれそうな肘をどうにかささえた。

「すげ、根元まではいった……」
「ぁ、うそ、だ。ひど……あんた、ひでえ」

ひくっと息苦しさに呻いて腕に顔をうめたまま詰ると、よこにそむけた頬のところをなだめるように撫でられる。

「だって、我慢きかねえよ。ここまでやったらもう、無理だろ」

ばつの悪そうな声で、いい加減いい年の男が唇をとがらせている、だってとか言うなと思うのにうまいこと口がまわらない。だってなんてセリフは、許してもらえるのを無意識でだって知っているからいえる、甘ったれた言葉だ。 こっち向けって、というのに頷いたら合意になってしまう、それだけはイヤだった。

「ァ……ッ、ひ……」

んー、と悩ましげな声をだして奥まで入りこんだ榛名はちょっときついか、と掠れた声でもらすとそのままぎゅっと抱きついてきた。背中に隙間なくはりついた皮膚の下で微妙にずれた拍動が重なって、呼吸のたびの揺れも全部ひびいてくる近しさが耐えられない。

押しが強いくせに仕草は不思議と怪我をさせない程度に加減されていて、こんな扱いができる奴なのかとおどろいた。

「ん、ん……ぁ、く」

ぴちゅ、と口付けに似た小さな水音がたった。ゴムはしてっから、と告げられたって何の救いにもならない。すう、と深呼吸をしながら堪えてるとわかる掠れた声が聞こえた。

「んー」

まどろむ猫みたいな声をだしながら体を擦り付けられて、阿部は仰け反った。

「……んで」
「あー?」
「んで、うごか、」
「まだ、このまんまでも別にいー。つか、きっつい、し」

本当に猫みたいに首筋に髪をこすりつけて肩口を甘噛してくる。かすかな痛みに息をつめると、力がはいったせいだろう、ふうっと榛名も息をとめて体を強ばらせたとたん、信じられない声がでた。

「――ぅんっ」
「お、わっ」
「あ、……――ァ、アッ」

驚いた榛名が押さえつけようとしてくるから、かえってぐりぐり中で同じ場所を捏ねられて、たまらなかった。はねあがる度、逃げたいのかねだっているのかもうわからない。確かめるように、動き出されたときにはもうだめだった。

下腹がひくひく引きつって動き出す、だらしなく垂らしてるのもわかる。なんだか筋肉がもうおかしくなって、なにを漏らしてるのかもわからない。

こわくてぎゅっと自分でおさえつける。じゅくっとひどく濡れた音が立って、指先から零れ落ちていく。感じた絶望と背中合わせの甘ったるさにひどく喉が渇いて、かすれた声をもらした。

「ぃ、た、いてぇ……って」

肩に食いこむ八重歯が痛い。 居た堪れなくてぼろっと涙がでた。後ろからきこえる陶然とした本当にだらしない息使い、手や女の中で味わうのに似たあの気持よさに使われていると思うとだめだ。いやだとか、やめろとかいえたのならよかった。もう。もっと。

噛み付かれていたところを宥めるように舐められてキスを落とされる。小さく声をあげて、またぼたぼたと零した。ひきしぼられた糸ははりつめたまま、いっそ切れてしまえばいいのに、いつまでもつづく。だから後ろでやるのは嫌いなのに。

枕につっぷしてぐすぐすはなを啜る。滲んだ涙をこすりつけた。

わり、と聞こえた声に重い瞼をもちあげる。癖なんだよな、と噛み痕を舐められるのに阿部は目を閉じた。







どんとちゃぶ台に置かれた焼うどんに阿部は頭を下げて箸をとった。

(……芯)

どこか不ぞろいな上にキャベツの芯もこまかくきって混ぜているようだ。意外にこまかいというかみみっちいというか。

鰹節つかうなら、とだされた分をありがたく受け取ってふりかければふわふわと楽しげに湯気のなかで踊った。そりゃ腹もへるだろ、と思いながら箸をつっこんで掻きこんだ。黙々と食べる。うまかった。

(なんかやった後なんかしら食ってるよな)

けれどきっちり最後までやられたときは、食わないとリアルに体重が落ちるから仕方がない。阿部が作るときもあるし、榛名が作るときもある。できるものはいつも簡単で掻きこめるものばかりだ。

呼び出しを食うときもあったし、いきなり来ることもある。なんでか榛名が誰かと会ってるときに呼び出されたと思ったら、最後は二人になってまるで自分が迎えにいったような格好になるときもある。どちらにしろ断ったら、機嫌がわるくなりそうなので成り行きに任せている。

へんなの、と使った皿を重ねながら阿部は思う。

思ってすぐどうでもいいかと欠伸をした。洗うから水にだけつけてくれと言われて頷き、手の水をとばしてデニムでぬぐう。榛名がまだ電車あんの、と聞いてくる。明日は二限に講義がはいっているから泊まれないといったのは自分だ。終電までは四本ある。

「駄目なら別に実家いくんで」
「ふーん。何時に起きんの」
「八時くらいすかね」
「じゃあ電話してやるよ。八時な」
「……」

そろそろ帰るんで、といって上着を持てば玄関先まで来た榛名はドアにもたれてじゃあなと手を振った。欠伸をしながら。

なんだか、ほんとうになにかが変だ。

とおく川堤のそばで菜の花が一群ともっていた。夜明かりで真鍮みたいにかがやく桜の枝には細かな花芽がふくらみだしていた。月は淡い雲をまとって眠たげにしていた。土の甘い匂いもかすかにしていた。

どこかで猫が鳴いた。答える声もあった。春だ。





→「028:菜の花」
文字書きさんに100のお題より
配布元:Project SIGN[ef]F



back